こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
震災の前と後で、世界が変わってしまいました。
震災後の世界を「After311(アフター・サンイチイチ)」と呼びたいと思います。
このAfter311の世界において、さまざま情報が錯綜しています。
本日4月21日、千葉と茨城に住む女性の母乳から放射性物質が検出されたとの報道がありました。
これは、重要なメッセージです。他人事ではありません。
我々は、多少なりとも放射性物質をため込んでいる可能性があるので、
できるだけ対策を立ててくださいというメッセージと受け取るのが賢明ではないでしょうか。
対策方法とは、なるべく放射性物質を取り込まないことに尽きます。
そして簡単にできることがたくさんあります。
東京で基準値を超える濃度の放射性物質を含んだ水道水についての報道があったのが、2011年3月23日。
その後、基準値を下回ったため、飲んでも支障がないとされています。
しかし、基準値を下回ったものの放射性物質が全く含まれていないわけではないでしょう。
極力放射性物質を取り込まないことが重要ですので、水道水を摂取するのを控えて、
飲料用としては、なるべくペットボトルのミネラルウォーターにした方が良いわけです。
一時期、売り切れて市中からミネラルウォーターが消える事態が続きましたが、
最近ではメーカーの増産も手伝って、手に入りやすくなりましたので、買い占めも見られなくなってきました。
ですので、ミネラルウォーターが手に入るのなら、その方が良いわけです。
しかし、水道水を飲まなくてはならない場面はあると思います。
飲食店で出されている水も大半が水道水や水道水をろ過した水でしょう。
完全に水道水を飲むことを遮断することは難しいですが、
なるべく放射性物質が入っていない水を摂取するようにしましょう。
他にも、放射性物質を取り込まないために、できることはたくさんあります。
たとえば、そもそも不要な外出はしないこと。
外出するときは、マスクをすることを忘れずに。
(私は知人の勧めで、活性炭入りの不織布マスクを2重にして使用しています)
外出から家に帰ったら、こまめに服を洗濯をして、放射性物質を落とすこと。
洗濯物は外ではなく室内に干すこと。
家の中は、クイックルワイパーなどの水拭きで、家に取り込んだ放射性物質を掃除すること。
もしかすると、このような行動をやりすぎだとか、滑稽だと思う人もいるかもしれません。
確かに、放射性物質の蓄積は、今すぐには影響のあるものではないかもしれません。
しかし、10年、20年と時がたった時に出てくる危険性があります。
自分がガンになるだけでしたら、かまいませんが、
将来のある子孫に対しては申し訳の立たない事態になる危険性を孕んでいるのです。
そして、その時に後悔しても遅いのです。
ここに挙げた対策は、今すぐにできるものですし、他人に迷惑をかけるものでもないので、
私自身、当面の間続けていきたいと思います。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
先日滞在したシンガポールで、教育に対する重要性を再認識することとなったのですが、
今年度より大学で教育をする機会を拝命しております。
WEBマーケティングの講義で、東京にある文京学院大学の2年生以上のみが履修できます。
明後日4月22日(金)に1回目の講義があり、前期の期間14回に渡って行われます。
本来は全15回で、先週から授業がはじまる予定でしたが、
東日本大震災の影響で、講義開始のタイミングが1週間ずれました。
「WEBマーケティング」は新しい分野なので、先人が用意してくれた教科書などはありません。
日本全国の大学でも「WEBマーケティング」という講座を開講している大学はまだあまりないようです。
ちなみに、英語圏を中心とした全世界でも調べてみたのですが、
学部レベルではまだあまり多くの大学で教えてはいないようです。
「マーケティング」講義の中で、WEBマーケティングを1回分だけ扱うとか、
大学院レベルではあるようですが、WEBマーケティングが講座としてあること自体、先進的な大学だと言えそうです。
絶対的な教科書がない中で講義を組み立てていくのは簡単ではありませんが、
逆に、1から「WEBマーケティング」という学問を作っていくという気概で、
私が日々コンサルティングなどで携わっている実際の手法なども含め
「WEBマーケティング」という講義にまとめなおして学生に伝えていきたいと思います。
パワーポイントで制作したレジュメで講義を行う予定で、1回目の講義はすでにほぼ完成しています。
WEBマーケティングは、学生が大学で勉強している時にすぐに役立つツールですし、
大学を卒業して就職し、仕事を始めた時にも大きな力になるものですので、
そのノウハウも伝えてまいります。
講義全体を通じて、
WEBマーケティングが震災時に果たしている役割なども取り入れていこうと思っています。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ 自習会に差し入れてくれた手作りパン 作って持ってきてくれたのは男性です 大変器用な方です )
シンガポールから帰国し、震災の対応は、大きくは政府に任せるしかないけれども、
小さくても自分でもできることをしていこうと決意しました。
そこで急遽、友人に声がけして、4月16日(土)に、自習会を行いました。
私の周りには、資格の勉強や、休日にもパソコンを使って仕事をする人が多くいます。
彼らにカティサークの事務所を無料で開放しました。
ただ事務所は大きくないので、数名でいっぱいになってしまいましたが。
午前、午後と集まりました。
9:30?12:30、13:30?16:30の2部制とし、都合がよい時間に事務所に来て、
自習をしていくという会です。
全員で6名が集まり、義援金として1人あたり500円を預かりました。
合計3000円で少額ではあります。
この日に集まった義援金は、
参加者の1人に、東北に復興支援に行く人がいたので、その人に渡しました。
細かくいえば、義援金とは被災者に直接渡すお金のことですが、
状況に応じて被災者が必要としているものを直接渡してもらう予定です。
震災支援に関して、無理のある活動は続かないと思います。
休日に自習会をすることは、参加者にとってメリットがあることです。
そして、少額ながら義援金を預かることは、被災者にとっての力となります。
今、自分たちに何ができるのか、具体的には小さな活動かもしれませんが、
その積み重ねが重要であり、継続して行動していきたいと思っています。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ 「リトルインディア」のヒンドゥー教寺院内部 )
シンガポールの「リトルインディア」にはインド系の人びとが数多く住んでおり、ヒンドゥー教寺院もあります。
靴を脱いで入ってみると、サドゥが礼拝者の眉間に白い点をつけているところでした。
( ↑ すぐそばにイスラム教寺院がある )
リトルインディアのメインストリートを数分歩くと、イスラム教の寺院があります。
小さな土地に、さまざまな民族が同居しています。
事実、人口のうち中国系の75%を筆頭として、マレー系が13%、インド人が8%で構成されている多民族国家です。
現在、民族間のいざこざはありません。温和に共存しています。
こういう多民族をまとめるにはどうしたらよいか。
ご存じの通り、シンガポールは1965年にマレーシアより独立しました。
リー・クアンユーという強烈なリーダーシップの下に、シンガポールは形成され、発展しました。
その基礎は「価値観に基づいた国づくり」です。
もっと言うと、各民族の価値観ではなく、「シンガポーリアン」という価値観です。
たとえば、共通語を英語にし、徹底したエリート教育を実施し、モラルある社会を実現します。
その結果として、現在の繁栄があります。
東北復興を考えたときに、リー・クアンユーのような強いリーダーシップと、
明確な方向性と、推進していく力が求められています。
大きくは、日本の政治・行政にはそれらを期待しつつ、でも他力本願では事は進まないので、
私は、私ができることを粛々と実行していきたいと思います。
次回のブログでは、日本に帰国後に、東北復興のためささやかながら実行したことを書いてみたいと思います。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ 棚一面にカレーのスパイス。 シンガポールのリトルインディアのスーパーにて )
シンガポールでは、何かとiPod Touchを活用しました。
主に記録媒体として、地下鉄の移動中も、乗り継ぎでプラットフォームで待っている時も、
通りで信号待ちをしている時でも、
ちょっとした時間で、そのときに感じたことを記録できました。
しかも、音声認識アプリを活用することで、入力の手間が大幅に減りました。
音声認識アプリですので、iPod touchに話しかけると、精度よく文字化してくれます。
iPodのおかげで全く時間の無駄がありませんでした。
そのようにしてちょっとした空き時間でiPod touchで文字化していったところ
3日間のシンガポール滞在中に、2500字くらいになっていました。
今回の一連のシンガポールに関するブログも、この時にiPodに書きためたアイデアを中心に文章を再構成しています。
そして、デジカメも記録に役立ちました。
3日間で、350枚撮りました。
フィルムのカメラの時代でしたら、36枚撮りフィルムに10本ですので、
かさばりますし、なかなか難しかったと思います。
記念写真ではなく、押さえておきたい事物を記録写真として気軽に撮れるあたりが
デジカメの素晴らしさですね。
iPod touchで文章化しなかったことも、350枚の記録写真をみるだけでかなりの部分を思い出すことができます。
次回、シンガポールの最終回。
「価値観を基にした国づくり」とネットでできることを書きます。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ ホテル「マンダリン・オーチャード・シンガポール」のロビー 奥にプールが見える )
その国を良く知るために、2泊以上滞在する場合は、たいていホテルを変えます。
ホテルを変えるポイントは、場所とグレードです。
1泊は、地元の人も住んでいるような地区のローカルな一般レベルのホテルです。
もう1泊は、中心地の高級ホテルです。
すると、さまざまなことがわかります。
( ↑ ローカルな地区にあるホテル まるでアパートみたいな外観 )
カランという地区にあるローカルなホテルでは、中華圏からの団体客でごった返し、
ホテル周辺は、シンガポールに暮らす人びとの営みが垣間見られたのに対し、
オーチャード・ロードという中心地の高級ホテルでは欧米や日本からの宿泊客が多く、設備が良くラグジュアリーです。
ただ、日常のきれいさというよりも「よそゆき」なきれいさではあります。
ネット事情でいえば、どちらのホテルでも有料でした。
ローカルなホテルでは、2時間5シンガポールドル(約350円)を請求されました。
中心地の高級ホテルでは、24時間で32シンガポールドル(2200円)というレートでした。
ローカルなホテルが載っている地図を持って来なかったのですが、
iPod touchでネットにつながって地図を確認でき、問題なくホテルにチェックインできました。
今回のシンガポールでは、さまざまな場面でiPod touchが活躍したのですが、
次回はその活用法について、書いてみたいと思います。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ シンガポールは緑豊かな「ガーデンシティ」である )
シンガポール滞在中に、現地に駐在中の日本人と会食する機会がありました。
日系の某大手企業のビジネスマンです。
彼が「シンガポールは、東京24区と言われているんですよ」と言っていたのが印象的です。
もちろん東京は23区しかなく、24区ではないのですが、シンガポールが24番目の区に相当するほど
日本人の存在感があることのたとえだそうです。
外務省の統計を調べてみたところ、実際には約24,000人(2010年)の日本人が生活しています。
(外務省の統計データ PDFへリンク)
邦人数が24,000人というと、シンガポールの人口が約473万人(2008年)ですので、
0.5パーセントくらいが日本人ということであまり多くないようにも感じます。
ただ、上記外務省の統計の在留邦人数のランキングを見ると、
意外なことに、日本に地理的にも文化的にも近い台湾に住む日本人(約2万人)よりも、
シンガポールに住む日本人の方が多くなっていることがわかります。
この事実は新しい視野を与えてくれました。
シンガポールに永住する日本人も多いようで、
それだけシンガポールが住みやすいということの裏付けでしょう。
シンガポールで強く実感したことは、緑も多く街もきれいに保たれており、人も親切でしたので、
日本人が住みやすい理由があります。
今回、シンガポールで知り合った日本人との出会いは、
mixiのシンガポールのコミュニティに書き込んだのがきっかけでした。
今度シンガポールにいくので、ぜひカフェで話しましょうとの呼びかけに、
連絡をいただき実現しました。
ソーシャルネットワーキングサービスがなかったら実現していないですので、mixiに感謝ですね。
次回は、シンガポールのネット事情について書いてみたいと思います。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
私はシンガポール滞在中に、マンダリン・オーチャード・シンガポールというホテルにも泊まったのですが、
その目の前の通りは、銀座や赤坂のような繁華街になっており、シンガポールを代表するショッピングストリートです。
このオーチャード・ロードで、日本の震災に対する募金活動が行われていました。
震災募金活動をしているグループに話を聞いてみました。
左から3番目の男性は日本人にも見えるのですが、シンガポール人です。
ただ彼は日本にもルーツがあり、千葉に親戚がいて、2年前に桜を見に行けたけれど、
今年は行けないのが残念と言っていました。
彼らは募金してくれた人の写真を撮って、facebookにアップする活動をしています。
もちろん募金は義援金として日本に送るそうですが、
感心したのは単なる募金だけでなく、facebookにもアップすることで、
日本の被災者へのエールになることです。
( ↑ facebookに設置されたシンガポールからの「がんばってJAPAN!」ページ )
その写真と募金は日に日に増えており、多くのシンガポールに住む人びとの心遣いを感じることができます。
シンガポールでは、私が知っているだけでもさらにいくつかのグループがあります。
( ↑ いくつものボランティアグループが日本での震災に対する募金活動を行っている )
これらの活動は、たいへん心強いものです。
そして、facebookは確実に世界的なプラットフォームに成長したと実感しました。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
( ↑ シンガポール 2011年4月8日朝 )
2011年3月11日に起こった東北関東大震災で、日本は大きく変わりました。
これからの日本は、戦後65年の間に築き上げてきた安全・平和な日本ではありません。
日本人がいくら平和で安全だと主張しても、海外の人びとは、日本の原発の事故のことを恐れており、
輸出産業も停滞し、日本への信頼感が低下する可能性があります。
ちょっと考えすぎと言われるかもしれませんが、海外から見れば、
これからは、日本や日本人への見方が変わってしまうことを覚悟しなくてはなりません。
そう考えた時に、これから5年、10年の将来のビジョンと、日本のために個人として経営者として何ができるのか、
これまでの枠組みを取り外し、ゼロベースで再構築しないと無理ではないかと思いました。
海外からの投資を呼び込むことに成功し、発展を続け、1人あたりのGDPが高く、
さまざまな民族が同居し、でも隣人として尊重し、温和に、価値観を基に国を成している国。
お手本になる国はないかと考えたときに、シンガポールが浮かびました。
急遽、先週末にシンガポールに行き、シンガポールの状況を見てきました。
日本での仕事のこともあり、シンガポールには金、土、日のたった3日間の滞在ではありましたが、
今週のブログでは、シンガポールで体験したこと、考えたことを書いていきたいと思います。
こんにちは、WEBメディア エヴァンジェリストの押切孝雄です。
昨日、仙台から知り合いが東京にまいりました。
先日のこのブログで、皇居の大手門の白い漆喰の壁が崩落した箇所があることを
紹介しました。
その知り合いによると、仙台の青葉城では、城を覆っている石垣の一部が崩れたそうです。
石垣が崩れるって、すごい話ですね。
言ってみれば、石垣は城を守る基礎にあたる部分ですから。
戦国時代から江戸時代に築城されたことを考えると、
数百年びくともしなかった石垣を崩落させた地震の力は想像を超えるものです。
やはり東北と東京では、温度差があるそうです。
地震の当事者であり、被災者が身近にいるのでリアリティが違います。
これから5年くらいのスパンで何が必要なのか。
たとえば、東北のものを消費するということも必要ですが、
その知り合い(マーケティング分野の大学教授)の考えでは、
東北に立地する企業への減税・免税措置は有効だといいます。
これにより、東北に元々いた企業のみならず、これから進出する企業も出てくる可能性があり、
産業分野での復興のスピードが増します。
さらに「東北復興マーク」をつくることも有効ではないかと話していました。
そのマークを東北産の商品に貼ります。
そして、売上の一部を東北復興に回します。
その人は具体的に動き出しているようですので、もし何か進展がありましたら
このブログでも紹介してまいりたいと思います。