こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
熊本震災支援をどうするかについて考えています。
英国のカティサーク号が火災した時には、Tシャツをつくってその売上を寄付しました。
東日本大震災の時には、拙著『サードネットワーク』(技術評論社)の印税を全額寄付しました。
そして、今回の熊本震災なのですが、どうするか?
やはり、普通に寄付しても、カティサークらしくない、ということで、
東京マラソンで支援しようかと検討しています。
東京マラソンは、通常の抽選枠の他に、
チャリティ枠があります。
チャリティ枠は3000人と限定されているのですが、
最低10万円寄付すると、チャリティランナーとしてチャリティランができるのですね。
私だけが10万円を寄付しても平凡なので、
チャリティ枠をシェアしたいと思います。
たとえば、Aさんは1万円分を寄付します。
Bさんは、1000円を寄付します。
Cさんは、5万円分を寄付します。
このようにして全体として10万円以上の寄付を募ります。
最低10万円が集まらないと東京マラソンに出走できませんので、
もし、10万円が集まらなかったら、責任をもって私が10万円を超えるように寄付します。
ちなみに、ふるさと納税と同じように、税額が所得から控除されます。
なので、ふるさと納税している人にとっては、ふるさと納税同様に、
大きな負担感なく、自分で納税先を決められる感覚で寄付できます。
チャリティ枠に寄付してくださった方の想いを載せて、私が当日東京マラソンを走ります。
まだ未定ですが、当日は、「熊本支援」の何がしかをつけて走ります。
チャリティしてくださった方の枠も用意します。
たとえば、帽子や肩や背中に、寄付してくださった方のサービスのロゴでも、一筆書かかれた想いでもつけて走ります。
寄付金は100%、熊本支援へ寄付されます。
自分ではマラソンを走るのはアレだけど、熊本支援はしたいという方がいらっしゃいましたら、下記ページより支援が可能です。
ありがたいことに、すでに支援いただいております。
想いをのせて走ります。
( ↑草津の湯畑 )
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
今回は、夏の避暑地仕事の最終回です。
今年は、伊香保と草津に行ってきました。
昨年までは、1箇所に1週間の滞在でした。
2014年は軽井沢のペンションに1週間、
2015年は札幌に1週間でした。
2016年は伊香保も草津も同じ群馬県内ということもあり半々でした。
ちなみに、昨年は札幌に1週間だったのですが、
同じ札幌でも前半はairbnbを利用しての宿泊、後半はホテルに宿泊しました。
これにより、airbnbを体験しつつ、ホテルにも泊まれました。
1週間の間に2つを体験できる感じが良かったのですね。
今年2016年は、同じ目的地で宿泊施設を変えるのではなく、目的地自体を2箇所にすることにしました。
先日、家族でやりたい100のことを作りました。
その中に、「100箇所の温泉地に行く」というのがあります。
(「家族でやりたい100のこと」につきましてはまた別の回に書きます)
100の温泉地って、1年に1回行ったら、100年かかりますよね。
実現が難しそうです。
でも、1回で2箇所回ったら、50年で行けます。
また、それを年間2回行ったら、25年で行けます。
ぐっと現実的になってきます。
というわけで、今年の避暑地仕事は1週間の期間で、
ずっと1箇所だけでなくて、前半と後半で2箇所行ってしまうことにしました。
伊香保と草津、両方とも群馬県で、車で1時間半くらいです。
私は、伊香保も草津も初めてだったのですが、
連続して行くことで、比較できました。
伊香保と草津、両方とも温泉地として有名ですが、泉質はまったく違います。
色自体、伊香保は、茶色っぽい色に対して、草津は硫黄が入っていて白っぽい。
街の全体的な印象としては、伊香保は、こじんまりしています。
草津は、温泉だけでなく、スキー場もあり、サッカーのクラブチームもあり、リゾートの雰囲気があり大きめです。
どちらが良い悪いということはありません。
どちらも特徴があります。
今回の伊香保と草津のように、1度に2箇所以上を訪れるような機会を増やしていこうと思います。
来年はどこにいくか、これから検討していきたいと思います。
おすすめの場所がありましたら、お知らせください。
( ↑ 森の中の宿からの朝日。docomoのSIMカードのモバイルルータなら山の中でもしっかり電波が入る )
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
2016年7月に、WiMAXからdocomo回線のSIMカードを挿入したモバイルルータに替えたことは、
少し前のブログで紹介したとおりです。
使い始めて1ヶ月以上が経ち、その使い勝手を紹介します。
なんといってもどこでもつながる安心感が半端ないですね。
WiMAXを使用していた頃、遠出する時には、WiMAXの電波がしっかり入るエリアかどうかを
WiMAXのWEBサイトで確認してからでかけました。
調べなくてはいけない時点で少し手間なのですが、
WEBサイト上のつながるエリアと実際のつながるエリアが違うということが散見されました。
たとえば、一昨年の軽井沢での避暑地での仕事の時には、
ペンションにネット回線がなかったので、WiMAXを持参して使おうと思いました。
そこで、ペンションを予約する前に、WiMAXのサイトを見たところ、つながるエリアになっていました。
それを信じてペンションの予約を入れたのですが、
軽井沢のペンションについて、仕事をしようとWiMAXのスイッチをONにすると、アンテナが立っていない!
電波が入ると書かれているのに、実際には入らないという状況でした。
結局、その1週間はWiMAXはただの文鎮でした。
ネット回線は、スマホのテザリングを利用して難を乗り切りました。
WiMAXは速いのが良いところですが、電波が入らないエリアがあって、これがストレスだったんですね。
また、都市部でも地下ではほとんど入らないですので、地下のお店には入れないですし、
高層ビルでも電波状況が悪いことがありました。
こういうことが、docomo回線のSIMカードだと無いですね。
ケータイの電波が届く地域であれば、ネットにつながるという安心感があります。
WiMAXよりも少し遅かったとしても、電波が入らなくて使えないよりは良いです。
これは、何にも代えがたいです。
誤解してほしくないのは、WiMAXをディスっているわけではありません。
個人的にWiMAXは通算6年以上も毎日持ち歩き、愛用してきました。
WiMAXを卒業するのが、逆に寂しいくらいです。
そして、これは現在の話ですので、将来的にWiMAXも地下や地方や高層ビルなどでもつながるようになることを願っています。
というわけで、モバイルルータはdocomo回線のSIMカードにして本当に良かったです。
ひとまず、モバイルルータに関する問題は解決して、悩まされることも無くなったと思います。
ちなみに私は、OCNモバイルoneの10ギガプランに入っています。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
9月に入ってしばらくたちましたが、本日は「日本の8月に振り返る祖先のこと」の3回目(最終回)です。
70年以上前のこと、志願兵で5年の任期を終えて、
日本に帰ってきていた祖母の兄の元に、召集令状が届きます。
再び戦場へ出征することになったのですが、
ここから先は、詳しいことはわかりません。
1つだけ明らかなことは、公式文書の下記の一文です。
祖母の兄が「昭和拾九年拾壱月三拾日時刻不詳ペリリニー島二於テ戦死」とあります。
「昭和19年11月30日にペリリュー島で戦死した」ということですね。
はじめからペリリュー島に従軍したのか、
戦地を転戦していて最終的にペリリュー島に至ったのか定かではありません。
ただ、「ペリリニー島」という聞き慣れない文字があったのですが、
2015年に天皇陛下がペリリュー島へ慰問したことでペリリュー島が全国的にも広く知られることとなった島だとピンときました。
「ペリリュー島の戦い」とはどんな戦いだったのだろうと、調べました。
NHKスペシャルの映像が、YouTubeに上がっていますので、下記に貼り付けます。
激戦の島だったようですね。
公式の記録では、ペリリュー島の戦いは、昭和19年11月25日に幕を閉じているようです。
祖母の兄が、11月30日に誰かに看取られて戦死したかどうかはわかりません。
計算をすると、32歳で亡くなったことになります。
その前に志願兵だった5年がありますから、20代の半ばから従軍していたのでしょう。
もし、生き抜いていたら何をやりたかったでしょうか。
ご冥福をお祈りいたします。
やはり、今、生きているということを考えると、
生きているだけで丸儲けですね。
先人たちの無念も鑑みて、
強くしなやかに生きていきたいと思います。
参考のため、ペリリュー島の当時の様子がわかるリンクを下記に貼っておきます。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
( ↑ 川越商工会議所の建物、風格と歴史を感じさせる )
2016年9月7日(水)に川越商工会議所にて「実践的ローカルビジネスSEO」セミナー講師をしてきました。
川越商工会議所からセミナーで依頼を受けたのは、今回が初めてではありません。
ブログの記録を確認したところ、2007年11月にセミナー講師をしていたので、
今回が2回目なんですね。
今回は、実践的ローカルビジネスSEOというテーマで話しました。
実は、弊社では、昨年から店舗経営もしています。
店舗を運営する中で、売上が急速に伸びていきました。
その手法は多岐にわたるのですが、
特にこれまでに弊社の独自のノウハウとしてWEBで培ってきた技術を
店舗経営に投入したら、売上があがったのですね。
そこで、今回のセミナーでは、机上の空論ではなく、
実際にやってみて効果の上がる方法を、
セミナー参加者が実店舗を運営しているという前提で、
どのような業種でも適用できるようにメタ化してまとめました。
話した項目は下記の通りです。
◆1章 検索が変わった:PCからスマホ・タブレットへ!
◆2章 Googleマイビジネスとローカル検索
◆3章 YouTube動画とローカルビジネス
◆4章 LINE@と顧客リレーション
◆5章 顧客に寄り添ったメルマガの活用
◆6章 Web広告
◆7章 ホームページですべての情報を統合する
3時間のセミナーだったのですが、内容は2倍の6時間分くらいあります。
それをギュッと凝縮してお伝えしました。
WEBは1つ1つの施策がからみ合って成果が出ます。
その中でも、2016年という現在を意識すると、
特にGoogleマイビジネスは、画面が小さいスマートフォンでの検索結果では特に重要です。
今回話したことを実践すると、確実に、成果が上がります。
川越には、知り合いの事業者さんがおり、今回のセミナーでもご参加くださいました。
相当実践されています。
これからも事業者さんにとって良い情報を提供していこうと思います。
( ↑ 伊香保神社にあった松尾芭蕉の句の石碑 )
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
本日は夏の避暑地仕事の2回目です。
伊香保の宿でスタッフとして働いていた中国人の李さんと、
もう一度、話す機会が訪れました。
宿の出入り口で子供が遊んでいたら、李さんが、やってきたんです。
そこで、少し話しました。
李さんは、実は中国の大学に通う現役の学生。
大学では英語と日本語を勉強しているそうです。
そして、3年生の最後の7月に伊香保の温泉宿へ働きに来たということです。
中国では、9月から新学期が始まるので、今は4年生になっています。
12月くらいまでの半年間、日本で仕事をして、帰国する予定だそうです。
大学の方は、休学または、留年することになるのか気になります。
大学に通わなくても大丈夫なのかと聞いたところ、
4年生ではほとんど授業がなくなるため、休学も留年もせず、
そのまま来ているそうです。
3年生までに単位を取っていれば4年では授業がほとんどなくなるところは
日本と一緒ですね。
ということは!
日本で仕事をすることで、日本語力が上がり、給料ももらえます。
しかも、おそらくは、中国で働く何倍かの給与水準です。
さらに、日本語を勉強するのであれば、中国の大学で4年生を半年間するよりも、
その半年で、日本に来て働いた方が、よっぽど実践的ですし、経験も文化もわかっていいですね。
日本の「おもてなし」がどんなものか身を持って体験できるわけです。
ただ、なぜ伊香保のこの宿で働くことになったのかが気になります。
すると、この宿を斡旋したのは、李さんが通う中国の大学の国際交流センターとのこと。
大学が、海外の研修先を斡旋してくれるというのも面白いところです。
私も、大学2年の最後から3年生の前期の期間、上海の大学に半年間ほど留学をした経験があります。
大学は留年も休学もしたくなかったので、李さんと同じく、そのまま来ました。
3年次の4月に履修登録が必要だったのですが、大学の同じゼミの友人にしてもらって。
上海での半年間は、カルチャーショックの連続でとっても楽しくて身になることの毎日でした。
大学時代に経験できたことは大きかったです。
私の場合は、上海の大学へ留学したので、上海で稼ぐということはなかったのですが、
李さんの場合は、お金もしっかり稼いでいますね。
お金を稼ぐということは、その対価分のサービスを提供するので、責任が伴います。
ということは、真剣にならざるを得ません。
日本に来てまだ日が浅いからなんて言ってられないのですね。
身につくものも、単なる留学よりも多いのではないかと思います。
最後に、李さんに、将来、何をしたいのか聞いてみました。
将来は、中国で日本企業で働きたいといいます。
その想いは叶うのではないでしょうか。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
先日伊香保と草津に行ってきました。
毎年おこなっている夏の1週間ほどを避暑地で仕事をするウィークです。
パソコンとネット回線があれば、どこでも仕事ができるので、この時期1週間だけ東京を離れます。
ちなみに、昨年は札幌、一昨年は軽井沢でした。
今年は、どこにしようかと考えて、東京からそう遠くない温泉地を選びました。
伊香保で宿に泊まったわけですが、チェックインしてロビーでウエルカムドリンクを持ってきてくれた人が「李」さんという人。
中国人だと思われます。
日本を訪れる中国人観光客の数が多いので、
この伊香保の宿でも中国人観光客に対応できるように中国人スタッフを抱えているのですね。
中国人へのサービスがしやすくなるというメリットがあります。
その李さんですが、私たちに「お茶アルヨ」と言って、お茶を差し出してくれました。
マンガやドラマの世界で、中国人が「◯◯アルヨ」と言っているシーンを見たことがあるのですが、
これまで、そんな固定観念的な中国人に接したことがありませんでした。
通常はもう少し日本語力があるので、「お茶です」と言うわけです。
「◯◯アルヨ」を、現実世界で本当に言われる日が来て、李さんに関心が出てきました。
おそらく中国だろうとは思いましたが、台湾という可能性もあるので、
「どこから来たんですか?」
と聞くと、
「中国です」とのこと。
さらに「中国のどこからですか?」と聞くと、
「河南省」。
北京と上海の間にある省ですね。
そして本題、
「日本に来てどのくらい?」
と聞くと、まだ「1ヶ月」でした。
そうか、日本に来て1ヶ月だと、まだまだ日本語力がないので、「お茶アルヨ」になるのかと妙に納得しました。
チェックインのウエルカムドリンクの時には、このくらいだったのですが、
その翌日、李さんと、もう少し話をすることになります。
そこで李さんがどのようにして日本に来ることとなったのかがわかります。
それは、少し意外で、興味深い経緯でした。
また、ブログでお伝えします。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
9月に入りましたが、本日は「日本の8月に振り返る祖先のこと」の2回目です。
70年以上前の戦時中の話です。
祖母の兄が、志願兵として、海軍に所属していたことを知ります。
航空機の整備兵だったとのこと。
トラック島(現在のチョーク諸島)にも従軍していたそうです。
この機会にトラック島について調べてみたのですが、
トラック島は、ミクロネシアの一部で、グアム島の南東に位置する島ですね。
現在なら飛行機で行けますが、当時は船ですから1週間くらいかかったのかもしれません。
海軍の整備兵ということは、零戦を整備していたのでしょうか。
(おもわず、映画『永遠のゼロ』のシーンを思い浮かべます。)
祖母の兄は、ここで戦争を体験します。
そして帰国します。
志願兵の任期が5年だったので、任期を全うして帰ってきたものと思われます。
どのような想いで祖国の地を再び踏みしめたのでしょうか。
万感の想いが去来したに違いありません。
帰国の際に、祖母におみやげを買ってきてくれたそうです。
それが、紅花色のハンドバッグ。
最近はあまり見かけることはありませんが、
昔よくあった、がま口型の財布というとイメージできる人も少なくないと思います。
あの、がま口型の財布を大きくしたようなハンドバッグだったようです。
私は、このハンドバッグを見た記憶はないのですが、
母の話によると、祖母は大事なものを入れて持っていて(しまっていて)、
少なくとも戦後半世紀、50年間くらいは持っていたそうです。
そして、一時帰国をして待機していた祖母の兄の元に、一通の召集令状が届きます。
その行き先が「ペリリュー島」だったのですが、
この話の続きは、またの機会にいたします。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
日本のジリジリとした暑い8月は、終戦日とお盆があり、戦争を振り返る季節でもあります。
本日はプライベートな話です。
私の祖父は70年以上前に戦争を経験しています。
陸軍に所属し、終戦時には曹長を務めていた人物です。
さまざまな思いはあったのでしょうが、
私が子供の頃に戦争の話を聞いたことはありません。
私の妄想として、陸軍といったら、やはり太平洋に浮かぶ島の戦地へ行って、
そこで激戦の上、生きて帰ってきた帰還兵なのかと思っていました。
(今思えば、そのようなケースは非常に稀なのかもしれません)
そんな祖父も今から20年以上前、私が中学生の時に亡くなりました。
その後、しばらくして、私も社会人となり、実家に帰省した際に聞いてみると、
祖父は、日本国内で従軍しており、終戦を迎えたそうです。
陸軍で通信部門に配属されていたそうです。
配属が日本だったので、生き残ったのですね。
それを聞いて、少し拍子抜けしましたが、納得しました。
思い込みというのは怖いものですが、
生き残ってくれたおかげで、私がいるわけです。
現在、私がインターネットの仕事をしているのも、
通信兵だった祖父からの系譜、あながち偶然ではないかもしれません。
私の中で、多くを語らなかった祖父は、今もずっと英雄です。
そんな中、昨年、山形の実家へ帰省していて、過去の記録を紐解いているうちに、
祖母の兄が、戦地に赴いていたことを知ります。
そこに「ペリリニー島」という文字を発見します。
「ペリリニー島」?
これは、「ペリリュー島」のこと?
この話の続きは、また時期が来ましたら、このブログで書きます。
こんにちは、カティサークの押切孝雄です。
名刺交換をした時に、言われることで多いトップ3に入ることがあります。
私は、大学でもWebマーケティングの講師をしているので、
私の講義を受けてみたいというものです。
もちろん、大学生でないと受けられませんから、
大学で聴講するのは難しいんですよという流れになります。
ただ、私は、日本全国で講師をしています。
9月7日には、川越商工会議所にてセミナーがあります。
同じく9月15日には、埼玉県産業振興公社でもセミナーがあります。
テーマは、「ローカルビジネスSEO」についてです。
主に、実店舗を持つお店向けのWeb活用方法についてです。
弊社カティサークでは、実店舗のビジネスも手がけており、そこで培ったノウハウがあります。
机上の空論ではなく、実際に事業主としてやってみて、うまくいったことを抽出したセミナーです。
カティサークの強みは、理論と実践の融合です。
最新のWebの施策情報を集めるだけでなく、実際に実施して、成功するようにカスタマイズするということです。
商工会議所や都道府県の公的な機関でのセミナーということもあり、
そんなセミナーが無料から、かかっても数千円程度で受けられます。
セミナーの内容を実施すると、売上として、セミナー代の軽く10倍から場合によっては100倍以上になって返ってくるので、参加される方はお得ですね。
無料のセミナーであっても私は毎回一切妥協せず伝えます。
また、弊社では、すでにホームページ制作・運営の予約がいっぱいですので、
何かバックエンドのサービスを売るということもありません。
では、なぜセミナー講師を引き受けるのか?
やはり、情報を提供することで、日本の企業が元気になっていく姿を見るのが私の生きがいだからです。
秋には、滋賀県の商工会議所でもセミナーがあります。
もう締め切ったかどうかはわかりませんが、関心のある方は、各機関へ連絡してみてください。
ちなみに、名刺交換で聞かれることトップ3のうち、あと2つは何でしょうか?
それは、またの機会にこのブログで紹介したいと思います。